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東京高等裁判所 昭和48年(行コ)10号 判決

控訴人(原告) 勝利良潤ことブライアン・エー・ヴイクトリア

被控訴人(被告) 法務大臣

訴訟代理人 宮北登 外五名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が、控訴人の昭和四四年八月六日付在留期間更新許可申請に対し、同年八月二三日付でした不許可処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の関係は、左記のほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決八丁表六行目に「在学期間」とあるのは、「在留期間」の誤記と認める。)。

一  控訴人の陳述補足。

1  出入国管理令第二一条第三項は、在留期間の更新は、更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り許される旨規定しているが、日本国憲法前文及び第九八条は国際協調主義を建前としていること、同令第二一条第一項は、日本在留の外国人に対して在留期間の更新を受ける権利を与えていること、外国人はいつたん入国を許可された以上、同令第五条第一項各号の上陸拒否事由がないものと認められていること、さらに法定の在留期間は、各在留資格の下での各在留目的に照らして、きわめて短期間にすぎることを考えると、本邦に適法に在留している外国人は、在留期間満了後も同令第二四条各号の要件またはこれに準ずべき事由その他特に著しく不適当な事情がある場合を除いては、原則として在留期間の更新を受けることができるものと解すべきである。

ところが、本件においては、控訴人の在留期間の更新を許可しないことについて何ら合理的な理由は存しないのであるから、被控訴人のした本件不許可処分は違法である。

2  被控訴人が控訴人の昭和四四年四月四日付再入国許可申請に対してした不許可処分の違法性について、控訴人が原審においてした主張(原判決一三丁裏五行目から一五丁表三行目まで)に、さらに次のとおり付け加える。

「被控訴人は控訴人に対し、従来は、ベトナム等に旅行するにつき、常に再入国を許可していたにもかかわらず、特に右再入国申請に限り、これを許可しなかつた理由は、ひとえに、その旅行先が中国であつたためと考えられる。何となれば、控訴人の旅行の目的等は、従来の場合とそれ程かわつていなかつたし、当局も、文書で、控訴人に対して中国とはどこをさすのか、等と問いあわせをしているからである。

右のような理由で、再入国を許可しないことは、中国が共産主義体制をとつていることに対して被控訴人がもつた政治的にかたよつた考えに基づくものであつて、違法である。今日の友好的な、米中及び日中関係を考えると、被控訴人の右の考え方がいかに時代の流れに逆行したものであるかは明らかである。」

3  控訴人が、長崎港における本件特別上陸許可にあたり、被控訴人の主張するように、在留期間を、出国準備のためとして、六〇日と定められたとしても(なお、控訴人は、原判決一五丁表九行目から一六丁裏三行目までに記載のとおり、この点を争うものである。)、右の事実は当然に従前の在留資格を消滅させるものではないから、出国準備のためとして与えられた在留期間の更新申請の許否を決するにあたつては、従前の在留資格に基づく、在留の実情によつて判断されるべきものである。この点について、東京地方裁判所民事第二部が昭和四八年三月二七日に言い渡した判決(いわゆるマツクリーン事件)において、出国準備のための在留期間の更新許可処分は、従前の在留資格を変更または消滅させるものではなく、従前の在留資格を継続しながら、その更新許可は出国準備のため特に付与されたもので、期間満了後はもはや再度の更新を行わないことを事実上予告する意味をもつにすぎないものであること、従つて右のような出国準備のための更新許可処分があつても、それによつて法律上再度の許可申請に対する処分の内容が拘束されるものではないから、再度の更新許可申請が拒否されたときは、その不許可処分を争うことができることはいうまでもない旨判示していることが参照されるべきである。

4  また、控訴人が右の特別上陸許可にあたり、在留期間として六〇日しか与えられなかつた理由は、控訴人が有効な査証をもつていなかつたからではなくて、中国を訪問しようとしたことによるものである。何となれば、控訴人と共に行動した訴外ロジヤー・ケント・スコツトは、上陸申請の際、在パリ大使館発行の有効な査証(数次査証)を有していたにもかかわらず、控訴人と同じ扱いがなされているからである。このことも前記2に述べた被控訴人の誤つた考えに基づくものというべきであり、この点は、本件在留期間更新不許可処分が裁量権の範囲を逸脱するものであるかどうかの判断にあたり、十分考慮されるべきである。

5  原判決は、控訴人の本邦在留の実情に照らすと原審口頭弁論終結時においては、控訴人はその在留の目的としたところについて一応の成果を挙げたものと認められるから、かりに本件在留期間更新不許可処分に違法のかどがあるとしても、その瑕疵は治癒されたと判断している(原判決二二丁裏八行から二三丁表三行目まで参照。)が、これは誤りである。

すなわち、控訴人は、昭和四六年三月駒沢大学大学院を卒業し、立髪師のもとにおいて修業をすべく望んでいたが、同師の妻が病気のため、修業ができずにいた。勿論、師の紹介により、他の寺で修業することもできないわけではなかつたが、裁判中であり、度々、打合わせ等のために修業を中断しなければならないという特殊な事情もあり、他の修業者や、師に対してめいわくをかけること、控訴人自身も落ついて修業することができないこと等もあつて、無理に他の寺において修業をさせてもらうことはせず、師の妻の病気が全快するのを待つていたのである。しかし、一〇〇日の修業をしなければ、布教する正式な資格が得られないところ、第一審の裁判の結果によると、この修業をしないまま帰国しなければならない可能性があるため、控訴人は立髪師のもとでの修業をあきらめ、昭和四八年六月より埼玉県東松山市にある浄空院において一〇〇日の首僧としての修業に入つた。右修業の終了により、昭和四九年三月頃には正式に立身が許される見こみである。これにより米国において正式に布教する資格を得るのである。したがつて現段階においては、控訴人がある程度、研究の目的を達したということはできない。さらに、控訴人は、帰国後米国において布教活動をすることを一生の仕事としようとしているのであるから、一旦帰国しても将来再び修業のため来日する必要がある。特に現在、道元の正法眼蔵の英訳を横井雄峰師と共になしており、そのための来日も必要となる。ところで、入国等に関し一度問題となつた外国人が再び来日することは、今日の入管行政の実態からみて、非常にむずかしいから、控訴人が本件裁判中に、裁判をやめて帰国したり、原審におけるような結論のままで帰国してしまえば、再び来日できる可能性は非常に少なくなり、今後布教活動をしてゆくために重大な支障をきたすのである。このような現状を考えるとき、控訴人が一応予定の研究の目的を達したからといつて、直ちに本件処分の瑕疵が治ゆされたと安易に判断されるべきものではない。

二  被控訴人の陳述補足。

1  控訴人の前記1の主張はこれを争う。ことに、控訴人は在留期間更新許可を受ける権利があるかのように主張するが、もとより、出入国管理令第二一条の趣旨は、外国人に対し在留期間の更新を権利として付与したものではなく、法務大臣の自由裁量によつて恩恵的に在留期間の更新が許されるとする趣旨のものであるから、右申請をした外国人は単に更新が許可されることがあるという事実上の期待を持つにすぎないし、また、同令第五条は上陸審査手続開始の、同令第二四条は退去強制手続開始の各要件であつて、これらの規定は、在留期間更新の許否とは関係がないものである。従つて、控訴人の在留期間の更新は、退去強制事由又はそれに準ずべき事由、その他著しく不適当な事由がある場合を除き、原則として許可すべきであるとの主張は理由がない。

2  同2の主張について。

控訴人は、かつて在留していた当時なされた再入国不許可処分の違法を主張する。しかし、本訴は、今回控訴人が無査証のまま新規に入国し、長崎港において法務大臣の上陸特別許可により、新らたに付与された在留資格についての、期間更新に関するものであつて、従前の在留資格は、控訴人が昭和四四年六月一二日長崎港から出国したことにより消滅したものであるうえに、当該再入国不許可処分取消訴訟(東京地裁昭和四四年(行ウ)第一〇七号)は原告の取下げにより既に終了しているものである。したがつて、かつての再入国不許可処分についての原審及び当審における主張は、従前の在留資格が存続するという控訴人の独自の見解を前提とするものであつて失当である。

3  同3の主張はこれを争う。ことに、本件は控訴人主張のいわゆるマツクリーン事件とは全くことなる。すなわち、本件においては、控訴人の従前の在留資格は、右2のとおり控訴人の出国によりすでに消滅しているのであるから、本件在留期間更新の許否にあたり、控訴人主張のように考慮すべき従前の在留資格なるものは存在しないのである。

4  同4の主張について。

控訴人は、本件上陸特別許可にあたり決定された在留期間が六〇日であつた理由は、控訴人が中国を訪問しようとしたことにあると主張するが、これは全く根拠のない推測にすぎない。当該処分の理由は、被控訴人が原審で主張したとおり(原判決七丁表四行目から九丁裏二行目まで)、控訴人の出国準備のため、身辺整理期間として与えたものである。また控訴人と同行したロジヤー・ケント・スコツトに対する許可も控訴人と同一理由でなされたものである。

5  同5の主張はすべて争う。

なお、くりかえし述べるまでもないところであるが、控訴人に対する右上陸特別許可は、控訴人の出国準備のためのものであり、その在留期間六〇日は、控訴人が出国準備を整えるのに十分な期間であると認められるうえに、控訴人が在留期間更新申請の理由とした「仏教研究と駒沢大学大学院での学習継続」ということは、右更新を適当と認めるに足りる相当の理由とはいえないのであるから、控訴人の本件申請を不許可としたことはもとより適法であつて、右処分には裁量権の範囲を逸脱した違法のかどは存しない。

三  証拠〈省略〉

理由

一、控訴人が、昭和四四年八月六日付で被控訴人に対し、出入国管理令第二一条第二項により、在留期間更新の申請をしたところ、被控訴人は同年八月二三日付でこれを不許可とし、その旨控訴人に通知したことは当事者間に争いがない。そこで、右不許可処分の適否について判断する。

二、控訴人は、まず、本邦に適法に在留している外国人は、在留期間満了後も同令第二四条各号の要件またはこれに準ずべき事由その他特に著しく不適当な事情がある場合を除き、原則として在留期間の更新を受けることができるものと解すべきところ、本件において、控訴人の在留期間の更新を許可しないことについて合理的な理由は存しないから、本件不許可処分は違法である旨主張する。

ところで、同令第二一条第三項は、本邦に在留する外国人が同条第一・二項により在留期間の更新を申請したときは、法務大臣は「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」これを許可することができる旨を定めているから、在留期間の更新については、同大臣は、当該申請人の在留の目的、必要性その他在留資格に関する事項のほか、従前の在留状況等をもひろく勘案して、自由な裁量により右の更新を認めるに足りる相当な理由があるかどうかを判断することができるものと解するのが相当である。従つて、同条第一項は、控訴人主張のように、外国人に在留期間の更新を受ける権利を与えたものであつて、外国人は退去強制事由その他これに準ずるような特段の事情がある場合を除き、当然に在留期間の更新を受けることができるとの趣旨を定めたものであるとし、この見解を前提として本件不許可処分に違法があるとすることのできないことは、いうまでもないところである。

三、次に、控訴人は、本件不許可処分は、被控訴人に与えられた裁量権の範囲を逸脱するものであつて違法である旨主張する。

1、そこで、まず、右不許可処分に至る経緯をみるに、次のとおり認められる。

(一)  控訴人の経歴及び本邦における在留状況等に関する次の事実、すなわち、控訴人は一九三九年アメリカ合衆国ネブラスカ州で出生し、昭和三六年一〇月一日キリスト教布教の目的で来日し、日本キリスト教団所属の宣教師として青山学院大学で教師をしながら布教活動に従事し、同令第四条第一項第一〇号(宗教活動を行なうため本邦に派遣されたもの)該当者として在留資格を認められたこと、控訴人はその後仏教に興味を持ち、日本名を勝利良潤と名乗り、僧侶を志して、仏教の研究と修業に勤め、昭和四二年四月駒沢大学大学院仏教学科に入学し、昭和四六年三月同課程を修了し、文学修士の学位を得たが、これにともなつてその間に在留資格は、仏教研究及び大学院勉学のためとして、同令第四条第一項第一六号及び「特定の在留資格及びその在留期間を定める省令」第一項第三号により法務大臣の特に在留を認める者(いわゆる「四―一―一六―三」)に変更されたこと及び控訴人の上記在留資格による在留期間は、昭和四四年四月頃まで数次にわたり更新されたことは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  つぎに、控訴人が昭和四四年四月頃中国への渡航を企て、同月四日付で同令第二六条所定の再入国許可申請をしたところ、被控訴人はこれを不許可としたこと、そこで控訴人は再入国許可のないまま同年六月一二日中国に向け長崎港から出国したが、中国への入国が認められなかつたので、同月下旬頃再び長崎港に戻つたこと及び控訴人は同年七月七日付で同令第一二条第一項第三号により、在留資格を前記「四―一―一六―三」とし、在留期間を六〇日と定めて上陸を許可されたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、成立に争いのない乙第一、第二号証、同第六号証の一、二、原審証人畑野勇の証言により真正に成立したと認める同第六号証の三、同第七号証、原審証人湊屋芳秋、同畑野勇、同大野正男の各証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すると次のとおり認められ、これに反する的確な証拠はない。

(1) 控訴人は前記大学院における修士論文に「現代中国における仏教」というテーマを選択していたこともあつて、文化大革命が中国仏教に及ぼした影響を研究し、あわせて米中両国の友好親善をはかるため、レイノルズ博士、ロジヤー・ケント・スコツトらと共にヨツトのフエニツクス号に乗り、長崎港から中国を訪れる計画を立て、昭和四四年四月四日付で再入国許可申請をしたが、同年五月一九日不許可の通知を受けた。控訴人は右不許可処分に対し取消しの訴を提起したものの、その結末をみないままで同年六月一二日その有する旅券に出国の証印を受けたうえ、上記二名らと共にフエニツクス号で長崎港を出航し、中国領域に赴いた。

(2) しかし、控訴人らの中国入国は、同国官憲の認めるところとならなかつたため、控訴人らは同年六月二四日再び長崎港に戻つた。そうして、控訴人は、同港において、同月二五日駒沢大学大学院における勉学と仏教研究の継続を目的として、上陸許可申請をしたが、右上陸の審査にあたつた福岡入国管理事務所長崎港出張所入国審査官は、控訴人が有効な入国査証を有していなかつたため、控訴人は出入国管理令第七条第一項第一号による上陸の条件適合者ではないと認め、即日控訴人を特別審理官に引き渡した。特別審理官は、口頭審査の結果、同様に、控訴人は上陸のための条件に適合していないと認定し、その旨控訴人に告げ、上陸を許可しなかつた。

(3) 控訴人は、右認定に対し、直ちに被控訴人に異議の申出をした。これに対し、被控訴人は、同年七月二日異議申出は理由がないと認めたが、同令第一二条第一項第三号により、出国準備のためとして、在留資格を「四―一―一六―三」とし、在留期間を六〇日と定めて、特別に控訴人の上陸を許可することにした。

右裁決は、同月三日長崎港において特別審理官を通じて控訴人に口頭で告知されたが、その際、あわせて控訴人に対する右の特別上陸許可は、出国準備のためのものであるから、必ずその在留期間内に準備を整えて出国すべきことが示達された。

(4) 控訴人は、右特別上陸許可に対し、在留期間六〇日では、これまでの学業等が中途で挫折してしまうという不安を覚え、当該係官に対して、右の期間内に必ず出国して帰国しなければならないのか、それとも右の期間はこれを更新することが許されるのかについて質問し、それが明確になるまでは、その所持する旅券に右上陸許可の証印を受けることを拒否すると述べ、他方その頃長崎市在住の横山茂樹弁護士及び東京在住の大野正男弁護士に対して右の点の調査を依頼した。

大野弁護士は、法務省入国管理局審判課に電話し、同課裁決第一係長畑野勇と話し合つた結果、期間の更新は可能であるという感触を得たので、直ちにその旨を控訴人に伝えた。その結果、控訴人は同月七日漸く旅券に右上陸許可の証印を受けることを承知し、同日上陸した。

(5) 控訴人は、同年八月六日被控訴人に対し、同令第二一条第二項により、「駒沢大学及び師の寺で仏教の研究を継続するため」として、一年間在留期間の更新許可を求める旨の申請をしたが、前記一、のとおり右申請は不許可となつた。

2、上記争いのない事実及び認定事実(以下単に前記事実という。)に基づいて考える。

(一)  控訴人が前記一のとおり更新の申請をした六〇日の在留期間は、控訴人が中国領域から昭和四四年六月二五日本邦に上陸するにあたり、所持していた旅券に有効な査証を有していなかつたことから、被控訴人がした出入国管理令第一二条第一項第三号による特別上陸許可に基づくものであり、しかも右期間の在留は、控訴人が同年六月一二日前記のように出国する以前の在留が勉学等のためであつたのと異なり、専ら控訴人が出国準備をするために認められたものであつたことは前記認定のとおりであるから、本件期間更新不許可処分の適否は、このことを前提として判断せざるをえない。

(1) ところで、控訴人は、被控訴人が控訴人の前記昭和四四年四月四日付再入国許可申請を不許可とした処分は違憲無効であるから、控訴人の在留資格及び在留期間は、中国への出国の前後を通じて同一に取り扱われるべきものである。従つて、本件不許可処分の当否の判断には、このことが前提となるべきであると主張する。

我国に生活の本拠を有する外国人がその在留期間中にする再入国の性質をどのように考えるか、すなわち、再入国は外国人の単なる新規入国と同視すべきものであるか、それとも異なるものであるかどうか、また、憲法第二二条の「移住の自由」の保障のなかには、右のような外国人の再入国の自由の保障が含まれ、その結果、外国人は在留期間中一時的に海外旅行をしたうえ再入国をする権利を有するものであるかどうかについては争いがあり、一つの困難な問題である。しかし、仮りに、我国に生活の本拠を有する外国人に、再入国につき控訴人主張のような前記自由ないし権利が認められるとしても、再入国の本質は、やはり当該外国人にとつては外国への入国であつて、これを日本国民が我国に帰国する場合と同一に取り扱うことはできないものであるから、再入国については、我国民の帰国のような絶対的保障を与えることはできず、これに対し我国が法令により何らかの規制を行なうことができることは、もとより当然というべきである。従つて、同令第二六条による再入国の規制そのものが、当然に違憲無効であるということはできない。

そうして、控訴人に対する前記再入国不許可処分が、一見明白に違憲無効であることを認めるに足りるような事情は本件には何も現われていないばかりでなく、前記事実によると、控訴人は右不許可処分に対し取消しの訴を提起したものの、その結末を待つことなく同年六月一二日長崎港から出国してしまつたというのであるから(なお、弁論の全趣旨によると、右訴はその後取下により終了したと認められる。)、控訴人がその後本邦に入国するに当り、もはや再入国をするものとして扱われ得ないことは、当然といわねばならない。

してみると、控訴人の同年七月七日の長崎港における入国上陸は、到底これを再入国ないし、これに相当するものと認めることはできないから、控訴人の前記主張は理由がない。

(2) また、控訴人は、前記「出国準備のため」、ということは、上陸許可ないし在留許可の条件となつていたわけではないから、在留期間の更新が相当かどうかの判断にあたつては考慮に入れうるべきではないとの趣旨の主張をしている。

しかし、前記認定の特別上陸許可に至る経過に照らすと、被控訴人が控訴人の上陸を許可して、在留期間を六〇日と決定したのは、控訴人をしてその間に出国準備を整えさせ、期間内に出国して帰国させる趣旨(従つてその期間満了後は、もはや再度の更新は行なわないことを事実上予告する趣旨)から出たものであつたと認められ、かつ、この趣旨が、現地の入国管理事務所係官により控訴人に口頭で示達され、同人も十分これを了知していたことが明らかである。しかも、在留期間の更新を許可するかどうかは法務大臣の自由裁量に属するものと解すべきことは前述のとおりであるから、「出国準備のため」ということが特別上陸許可の、法律的に厳密な意味での、条件となつていたかどうかにかかわらず、法務大臣が控訴人の在留期間更新許可申請の当否を判断するにあたつて、前記のような事情を重要な要素として判断の基礎としたことは当然であつて、同大臣が右の事情を考慮に入れて控訴人の申請を拒否したからといつて、そのことが裁量権の濫用となり、違法原因となるといいえないことはいうまでもないところである。

そのほか、控訴人は、大野正男弁護士が控訴人からの依頼により、法務省入国管理局係官(畑野勇係長)に照会したところ、出国準備のためというのは在留許可の条件ではなく、また、六〇日の在留期間の更新も可能であるとの回答を得たので、控訴人はこれに安堵して、上陸許可の証印を受けることを承知したものである旨主張し、原審における証人大野正男、同鶴見良行の各証言及び控訴人本人尋問の結果中には、これにそう部分がある。ところで、右証言及び本人尋問の結果は、前掲乙第七号証の記載及び前示証人畑野勇の証言とかなりくいちがつており、直ちにこれをいずれとも決することは困難である。しかし、前掲乙第六号証の一、二、三、同第七号証ならびに証人畑野勇の証言に徴すれば、仮りに係官が控訴人主張のような回答をしたとしても、その趣旨は、控訴人に対する特別上陸許可には、法的意味での付款ないし条件は付されていない旨及び一般論として在留期間の更新が可能である旨を述べたに過ぎないものと認められる。しかも、前示証人畑野の証言によつて明らかな、畑野の法務省入国管理局審判課裁決第一係長としての職務内容からすると、同人が控訴人の本件在留期間の更新の能否という具体的な問題について的確な回答を与える権限を有していたかどうか甚だ疑問の存するところである。従つて、控訴人主張のようないきさつがあつたことは、本件不許可処分が違法であるかどうかの判断に影響を及ぼすものではない。

(三)  以上に認定判断したとおり、控訴人が昭和四四年六月二五日中国領域から本邦に入国しようとした際、控訴人は上陸のための条件に適合する者ではなかつたのであるが、被控訴人は出入国管理令第一二条第一項第三号により特別に上陸を許可し、その際決定された六〇日の在留期間内に出国準備を整えて出国すべきこととし、控訴人もこの趣旨を了知していたこと、及び、本件には、六〇日の在留期間が控訴人において出国準備を整える期間として十分ではないと認めるべき特段の事情は何もない(なお、控訴人は、在留期間が六〇日と定められたのは、控訴人が中国に行こうとしたためであると主張するが、本件にはこの主張を認めるに足りるような事情は何もない。)ことからすると、控訴人の右上陸特別許可による在留の目的及び必要性は、当初決定された六〇日の在留期間の満了とともに消滅したものと認めるのが相当である。

従つて、控訴人には、右在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当な理由がないとして、その更新の申請を不許可とした被控訴人の本件処分は、前記二にのべた自由裁量権の範囲内でなされたものであつて、違法な点はないものというべきである。他に、本件不許可処分に裁量権の範囲を逸脱した違法のかどがあることを認めるに足りる事由は何もない。控訴人のこの主張もまた理由がない。

四、以上に控訴人が違法事由として主張する以外の点において、本件在留期間更新不許可処分に違法のかどがないことは、控訴人において明らかに争わないところであるから、右許可処分にはその他の点において違法原因はないものと認めざるをえない。

五、してみれば、右不許可処分が違法であるとして、その取消を求める控訴人の請求は理由がないから、これを排斥した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、行訴法第七条、民訴法第三八四条、第九五条、第八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 川上泉 間中彦次)

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